生への執着

「死を直視すべきです。しかし、生への執着を責める理由はありません。それは『悪あがき』ではありません。生への執着には、素直な力強さが感じられます。人間の生命力の強さの表現、生きたいという自然の願望です。それは与えられた生命を完全燃焼させようとする勇気ある決断です。それは生きることを断念する自殺の願望と違って、高貴な人間感情です。」(賀来弓月『死別の悲しみを癒す本』PHP研究所 2000年7月27日p19) 

 生への執着とは、人間の精神とは独立した、身体に備わっている自律神経系が持つ生命維持の機構(メカニズム)である。岸本英夫が死への恐怖を「生命飢餓感」と例えたように、生物の生存本能の基本は「飢餓感」そのものである。食事は生命維持の基本であり、また、身体への危険への防衛反応である。人間は心と身体それぞれに生への執着を有している。死の恐怖と生への執着との関係は、正比例の関係にある。生への執着が強ければ強いほど、生を去ること=死ぬことへの恐怖は強くなる。賀来は生への執着自体を否定していない。

 生きたいのに生きることができない。これほどの悲劇はない。キューブラー=ロスが定式化した末期患者の心理の五類型(否認・怒り・取引・抑鬱・受容)の中の否認、怒り、取引に該当する諸行動が「生への執着」を強く持つ患者の行動といえるだろう。逆に、抑鬱と受容は「生への執着」が弱くなった心理の類型だろう。