「私」は脳のどこにいるか

 脳科学における「ニューロン神経細胞)のスパーク(興奮、発火)のクラスター(塊り、つながり)が人間の思惟活動である」という主張を真面目に提起する唯物主義の脳科学者の考え方はいかにもグロテスクである。確かに、人間がいろいろな思惟、想念を発出するとき、脳電図にはそのような痕跡が見られるが、すべての思惟等を「神経細胞の興奮」に還元して、何が得られるのかという疑問が強く残る。大脳の前頭前野のどこを探しても、物質以外のものは見つけられない。そういうものが発見されれば、ノーベル賞ものだと大森荘蔵は皮肉っている。「私」は脳にいるのかいないのか、どこにいるのか。少なくとも「私の身体」にいるようだが。

 

 澤口俊之の『「私」は脳のどこにいるか』(筑摩書房)はこの問題を論及している。

 「こころ」というものは何なのだろう。「私」とは何だろう。「私」はどこにいるのだろう。脳の中?

では、過去の記憶は?海馬、偏桃体の中?そのように現代の脳科学は解説してくれる。

しかし、本当だろうか。海馬を解剖すると、「私」の過去の映像が出てくるのであろうか。大脳新皮質前頭前野のどの部分に私は発見されるのだろうか。

脳科学者澤口俊之はこう書いている。

「死んだ脳は、モノとして確かに外延(空間的境界 引用者)を持つ。しかし、生きている脳では1000億個ものニューロンが相互に作用しつつ活動しているのである。脳自体は外延を持つが、脳の活動は『プロセス』なのであり、外延を持たない。」(『「私」は脳のどこにいるか』p57-60)そして、ウィリアム・ジェームスの「心理学の原理」の次の記述を引用して書いている。

「意識はモノではなく、プロセスである。」

 澤口は「私という存在は脳の大脳新皮質連合野前頭前野)にある」と明快に結論づけるのだが、その場所にあるのは、ニューロンという神経細胞の集まりなのだ。

 「心・意識は脳の活動である。」(p.28)しかし、「意識も脳活動もプロセスなのである。」(p.60)「意識・心は脳内プロセスである。」(p60)という結論なのだ。

 つまり、実体として(物質として)の「私」はないと言っているのです。(「あくまで『活動』あるいは『過程』であり、『モノ』あるいは『ハード』としての脳ではない。」(p13))

 心脳論とはかくのごとき難問なのだ。

 デカルトが脳の松果体に注目し、「デカルトは大脳の奥底にある松果体に魂が宿ると考え、『魂は松果体を介して外界を認識し、身体に働きかける』という二元論(心・魂と脳・身体は別個のものという考え)を唱えた」(p.47)。

 

 しかし、カントはこの考えに反対だった。

 カントは「視霊者の夢」(中島義道「カントの自我論」p.140からの引用)において書いている。

「物体界におけるこの人間の<こころ>の場所はどこであろうか。私は次のように答えるであろう。その変化が私の変化であるような身体(=物体)、この身体は私の身体であり、身体の場所が同時に私の場所である、と。この身体の中の君の(<こころ>の)場所はいったいどこであるか、とさらに問うならば、私はこの問いの中にうさんくさいものを推測するであろう。なぜなら、次のことに容易に気づくからである。それは、この問いの中には経験によっては知られず、もしかしたら空想された推論に基づくかもしれないものが、すなわち、私の思惟する自我が私の自己に属する身体の他の諸部分の場所にあることが、すでに前提されているということである。だが、誰も自分の身体の中の一つの特別な場所を直接的に意識はせず、彼が人間としてまわりの世界に関して占めている場所を意識している。よって、私は通常の経験をとらえてさしあたり言うであろう。私が感覚するところに私はある、と。」(Bd2.S324)

「<こころ>は自己自身に対していかなる場所も規定することはできない。なぜなら、そのためには<こころ>は自己を自己自身の外的直観の対象にしなければならず、自己を自己自身の外に移さなくてはならないだろうが、これは自己矛盾だからである。」(カント「<こころ>の器官」)

 

 カントはこころの場所を「身体の中の一つの特別な場所」と指定することを拒否した。脳は私の場所ではなく、「私の身体」を構成する器官であり、私の内的経験を構成するための外的器官にすぎない。当然「 肉体の死滅とともに意識が消滅する 」こともカントは主張した。

 

「私」とは、脳の活動であり、活動している限りでのプロセスそのものであり、脳神経科学的に言うならば、「相互作用連結したニューロンの発火のクラスター(つながり)」の中にあるとしか表現できないものであろう。