ハイデガー

ハイデガーは1889年、「南ドイツの深々とした田園地帯(メスキルヒというドナウ川の近くの町であるー引用者)に、カトリック教会(聖マルティン寺院)の堂守の子として生まれた。質素な生活。だが世界は満ちたりていた。伝来の信仰がそれを補強した。秀抜な学業成績。当然のように神学生の道を歩む。将来の神父職を夢みる俊英だった。」(古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』講談社2002年3月20日p38-p39)しかし、1909年(20歳)秋、最初の心臓発作に襲われた。(神経性心臓病だという。)続いて、1911年、1914年、1915年と連続して心臓発作に襲われた。当然聖職につくという道も断たれた。そして、第一次大戦という大戦争に巻き込まれた。敗戦後のドイツの「混迷と不安の渦」に呑み込まれた。「度重なる発病。そのほとんど生を揮発されたような神学徒生活のなかで、しかも戦争で残虐の野原と化した焦土のなかで、むしろだからこそかえって、それまで見失われ、忘却されていたものがあぶりだされてきた。」(古東、同書p43)「なんであれ、そのなにかが非在化したり、喪失の危機にさらされたり、破綻に追いこまれるとき、そのなにかのリアリティ(真実在)が、ありありと露光するものだ。病が、健康な生のリアリティをはじめて痛感させるように。別れや祭りの後の哀しい空虚感が、出会いや祭りのさなかのときめきを、かえってあぶりだす逆説のように。俗にいう、無くなってわかるなんとかの在りがたさ(存在の稀有さ)。・・・・・ハイデガーはそのことを『不在ゆえの現前』となづけ、・・・・・あえてなにかを隠す(無くす、壊す)ことで、そのなにかのリアリティをあぶり出」したという。(古東、同書p78)こうしてあの『存在と時間』が生まれた。