私・心・意識・身体(加藤茂『意識の現象学』から)

私は自分の意識、自分の心を考えるときがある。そして、「私の心(意識)はどうしてこうも、移り行き、定まらない、落ち着かないものなのだろうか」という思いを持つ。加藤茂はギュルヴィッチの『意識野』という未邦訳の本からか引用して書いている。 「どん…

心理主義(心理学至上主義)の根本態度

ヴィクトール・フランクルは書いている。 「それ(心理主義)は価値を貶める」。つまり、「心理的行動過程(それは心理主義によってよく評価されている)の精神的内容の価値を貶めようとする」。「心理主義は常に精神的なものの仮面をはごうとし、無理やりに…

意識の統合情報理論

「この理論(意識の統合情報理論)によると、蜘蛛の巣のように複雑なネットワークを持つシステムならどんなものにも意識が宿り得ます。生物だけでなく、ロボット、インターネットなど無生物でも意識を持ち得るというのです。」(立花隆『死はこわくない』文…

自力型人間と他力型人間

死ぬときの苦しみは、病気が招く痛みとともに、死の恐怖による苦しみもある。「長い苦しい病い―—それは死の恐怖のことです。そしてセスプロンはこう言っています。ある人にとって死は『虚無と取っ組み合う』ことであり、別の人たちにとっては自己と対決する…

幸福の神義論

価値・意味・理念・理想・大義、そうした価値体系一般について、それは存在するのかしないのか、中島義道やニーチェのように「人生に生きる価値はない」という哲学者の本からいろいろと学んでいる私としては、ケーガンの次のような文章に出会うと困惑してし…

偶然と必然 

すべてを見透す、超自然的意志などない、かもしれない。私は、科学的認識・知識としては同意する。しかし、巷では手相占いが盛んで、四柱推命などの占いの本が売れている。中島からすると、超自然的な意志などないし、私たちの人生はあらかじめ決定されてい…

 現実世界の2つの見方

「われわれは一方では、『同一のもの』を抉り出しながら、他方では、それでは吸収されない『異質なもの』を感じています。すなわち、現実世界を (A)『異質なものの絶対的に一回的な継起』として (B)『同一なものの繰り返し』として というお互いに融合…

後悔とは何か

私たちは、日常生活において、大なり小なり後悔をしている。後悔しない人はいないだろう。自分の昔の失敗(過失)や故意の所業を「今思い出しても、冷や汗が出る」と言う人は多いと思う。 中島義道は後悔というものを分析して書いている。 「後悔とは過去を…

生きて死ぬということ

なぜ自分はこの場所、この国に、この両親の間に生まれたのだろうか。物心がつき、高校で生物学を学んで哺乳動物の生態を学んでヒトという動物が私であることを理解した。しかし、その時にはすでに、言葉を覚え、学び、固有の文化に育まれていた。ただ、やは…

 必然とは何か

必然的なものはなにもなく、にもかかわらず、偶然的に見えるものが現れるという不条理・理不尽が現れる。すなわち「人間は常に予測のつかない状況に投げ込まれているが、しかも...決断し行為しなければならない。そして、その行為によって引き起こされた…

偶然を恐れるな

「偶然を恐れ」るなと中島・ニーチェは言う。「いかに予測に外れたことでも、いかに理不尽なことでも、いかに不平等に見えることでも、現に生起した以上、それを完全に承認し受け容れ」よと言う。(中島義道『過酷なるニーチェ』河出書房新社2016年11月20日…

ニーチェの「神は死んだ」

ニーチェは「神は死んだ」(正確に言うと、Gott ist totは「神は(もともと)死んでいる」、つまり神はもともといないという意味)と言った。真昼に提灯を下げて、その狂人は街の広場の民衆にそう叫んだ。これは単なるたとえ話である。ヨーロッパ人は、おそ…

「慣習と理知の氷」

「人間は、一日に十八万七千もの思いをいだくという。(改行)だがその九八%は、過去の記憶の再生。聞くもの、見えるもの、想うことのほとんど、昨日や去年や遠い昔に覚えこんだ概念とか意味づけや価値づけに、いやでも自動的にふち取られてしまう。概知の…

 伊丹十三のこと

伊丹十三は書いている。「私は、ですね、一言でいうなら、『幸福な男』なんです。然り。私は幸福である。あのね、正月なんか、女房子供と散歩するでしょ?うちの近所は一面の蜜柑畑ですよね。その蜜柑畑の中の細い道を親子で散歩しているとだね、あたりはし…

生への執着

「死を直視すべきです。しかし、生への執着を責める理由はありません。それは『悪あがき』ではありません。生への執着には、素直な力強さが感じられます。人間の生命力の強さの表現、生きたいという自然の願望です。それは与えられた生命を完全燃焼させよう…

<いま>というものの不思議

今日、一週間、一年がずっと続くような感じがする。日常生活というものは、三回の食事をはじめ、一見繰り返しのように極めて類似した形式をとっているが、一つとして同じ今日、一週間、一年というものは本当はない。しかし、同型的な繰り返しに近い形式であ…

明日はどこから来る

「明日はどこから来るのか」という子どもの問いがある。それは、A系列の時間(「今現在」を基準にした時間)とB系列の時間(歴史年表のような空間化した直線的時間)との不整合(一方を実在、他方を不在としなければ整合しないから)さを疑問に思う子ども…

哲学における心身問題

茂木健一郎氏などの脳科学者たちは、われわれの心的活動は「ニューロンの発火」であり、そのようなものとして、説明し尽せるだろうと意気込んだが、茂木の著書『脳とクオリア』ではうまく説明ができていない。「私という存在者=現存在」が大脳の新皮質前頭…

カント「純粋理性批判」について(続)

中山元氏訳の第一分冊は超越論的感性論となっており、そのすべてが「空間について」と「時間について」である。カントの認識論の非常に詳細な説明で、読解するのにさほどの困難はないと思われる。 しかし、個々の用語をしっかりと腑に落としておかないと、困…

カント「純粋理性批判」について

序文 緒言 Ⅰ 超越論的原理論 第一部門 超越論的感性論 第二部門 超越論的論理学 緒言 超越論的論理学の構想 第一部 超越論的分析論 第二部 超越論的弁証論 緒言 第一篇 純粋理性の概念について 第二篇 純粋理性の弁証的推理について 第一章 純粋理性の誤謬推…

不在の哲学

中島義道は、『不在の哲学』で書いている。 「これまで、さまざまな哲学者が無について語ってきたが、そのほとんどは(私見によれば)不在なのであって、無ではない。無と不在との違いの一つは、前者にはそれを語る視点がないが、後者にはその視点があるとい…

死生学

岩崎大『死生学ー死の隠蔽から自己確信へ』 岩崎大氏は『死生学ー死の隠蔽から自己確信へ』(春風社、2015年1月25日)で書いている。 「『死とは何か』の答えは『生とは何か』の答えとして十分ではない。死を『生きていないこと』、『生の否定』とするならば…

ハイデガー

ハイデガーは1889年、「南ドイツの深々とした田園地帯(メスキルヒというドナウ川の近くの町であるー引用者)に、カトリック教会(聖マルティン寺院)の堂守の子として生まれた。質素な生活。だが世界は満ちたりていた。伝来の信仰がそれを補強した。秀抜な…

鹿野忠雄の文章

「風表を除けて谷間に下りたせゐか、風当りは弱くなって、やがて何時ともなく静まつた。柔い触感を以ってソットかき抱く様なベニヒとニヒタカゴエフの麗しい針葉。森の木下道は人の心を優しくする梢を通して漏れて来る雨滴の音に聞き入り、無邪気な小鳥の声…

経験主義について

野矢茂樹は野矢の師匠だった大森荘蔵を評して、こう書いた。 「大森は生涯経験主義者であり、かつついでに言わせてもらうならば、独我論者であった。」(野矢茂樹『大森荘蔵―哲学の見本』講談社、2007年p.181) 経験主義者とは、経験を超えるものを否定する…

「人生はまともでない」か

「人生はまともじゃない。ひとは断りなしになかに入ってきて、行く先もわからずに出て行く。しかもそこにいるときは何をしているかわかっていない。」(作者不詳) 上記の文章を、その真意を損なわないように読み砕いてみた。 ①「人生はまともじゃない。」つ…

キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』

2016.7.11 キューブラー=ロスは『死ぬ瞬間』という著書で、死に直面した人間の気持ちを下記のように分類した。(出典は下記) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E3%81%AC%E7%9E%AC%E9%96%93 第1段階 「否認」 患者は大きな衝撃を受け、自分が死ぬと…

不死でありたい信仰

人間がこの世を去らざるをえない事態は、予測できない。だから、死ぬのならば、がんがいいと言われる。ある程度の猶予期間があるからだ。そして、「死に至る病」になったとき、では、「自分だけがいない世界」に、何か痕跡を残そうと思う人もいるだろう。 R…

中島義道の『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)から

中島義道氏の最新刊『不在の哲学』(ちくま学芸文庫、2016年2月10日)では、「不在」という概念が非常に大切なキー概念となっている。 哲学のアポリア(哲学的難問)のひとつに、「ものの見え方とその認識」というものがある。われわれがあるひとつの物を見…

ティーガー戦車について

エゴン・クライネ、フォルクマール・キューン『ティーガー 無敵戦車の伝説1942-45』大日本絵画1991年にはティーガー戦車がどれだけ生産されたかが、書いてある。 ティーガーIE型 1942年(4月~12月) 83両 1943年(1月~12月) 649両 1944年(1月~ 8月) …